Happy Lindberg III 発表

FLIGHT-LINDBERGサイトオープン3周年記念特別 企画「Happy Lindberg III」
今回はまたまたたくさんの投稿を頂きました!〆切延長した甲斐があったーーー!

  募集内容:LINDBERG布教大作戦
       LINDデビュー時代から解散後の現在まで、あなたがLIND布教の為に
       どんな努力をしちゃったかを、 思い切り聞かせて下さい。
       涙ぐましい話、美しい話、笑える話まで、何でもOKです。


「少しでも近づくために・・・」

 私とLINDBERGの出会いは私が小学6年の頃、ドラマ「世界で一番君が好き」の主題歌「今すぐKISS ME」を聞いたときでした。初めは『このバンドの名前初めてきいたな・・・』位 でしたが、その後、兄が借りてきたLINDBERGVを聞いてから私の音楽の世界が変わりました。まずは外見からという事で腰まであった髪をばっさりと切ってショートカットに。首にはバンダナを巻いて、Tシャツにブラックジーンズ。そして、一番苦労したのがLINDBERGの曲を歌えるようになること。『いつかマキちゃんのように歌えるようになってバンドを組みたい!』と思い毎日の練習が始まりました。どうやったら高い声を出せるようになるのか声楽部の友達に聞いたり、本を買って独学で腹式呼吸の方法を学んだり・・・家で声を出して歌って、声が裏返っては兄弟に笑われながらも挫けず毎日、練習を続けました。 風邪をひいて喉が痛かった時もFLIGHT003のビデオでマキちゃんがやってたコーヒーにのど飴を溶かして飲んでたのを真似してそれを飲みながら歌の練習を続けてました。 しかし、少し無理したのが悪かったのか、喉の痛みが悪化し、声が出なくなってしまいしばらく歌えなくなり悔しくて泣いたこともありました。その後、声はハスキーのまま治りませんでしたがこのまま辞めたくなかったので喉の調子が良くなった頃に練習を再開しました。その甲斐あってか徐々にLINDBERGの曲が歌えるようになり、高校に入ってからは念願のバンドを組むことができ、ボーカルとして何度かステージに立つことも出来ました。その時に音楽の楽しさ、ステージに立つことの気持ち良さを感じることができ、音楽を通 じて知り合えた仲間もたくさん出来ました。この経験は今まで生きてきた中で一番の宝物になりました。

それから10年以上たった今・・・当時の事をよく思い出します。そして思うこと・・・ここまで音楽に対して真剣に向き合えたのはLINDBERGというバンドに出会えたからだと。もし出会えなっかたら自分はホントにやりたいことを見つけられなかっただろうしひとつのことに対してここまで取り組まなかっただろう。そしてこれから生きていくうえでこの経験は反映されるだろう。今は結婚をし、出産もして子育ての毎日で音楽とは離れてしまいましたがまたやりはじめた事があります。それはボウリング!うまくなりたい、いい成績を残したい・・・この気持ちはLINDBERGに出会って音楽と向き合った当時の自分と重なるものがあります。この気持ちとひとつの事と向き合う大切さを子供にも教えていこうと思います。

最後に大切なことを教えてくれるきっかけを作ってくれたLINDBERGの皆さんに感謝すると共にこれからのご活躍に期待しております。 これかもず〜っと応援していくからね!LINDBERGは私の中でそしてファンの皆の中で歌い続けてるよ!

北海道 PN. めめ   


「カラオケの練習をしない!」

 LINDBERGが大好き。
でも人にLINDBERGが好きだ〜とはあまり言わない。
自分が好きなものを人に知られるのは 何だか恥ずかしいから。

それなのに、まわりの人には
“LINDBERGが好きだ”とばれている。

それはどうやら
カラオケでいつもLINDBERGを歌うから、
だそうだ。

カラオケは苦手。
いろんな歌を歌いたいけど、
うまく歌えない。

リンドバーグだって必ずしもうまく歌えない。

だけど、リンドバーグは別格。
うまくは歌えなくても、歌いたい!
って欲求がわきあがってくる。
歌っていてとっても気持ちいい!

カラオケは人に合わせたり
新しい歌を歌うことも大事だけど、
自分が気持ちいい、歌いたい、と思う歌を
歌うことも大切かもしれない。

だから無理に新しい歌の練習はしない。
と開き直っている今日この頃。

しかし、しかし、これがはからずも
LINDBERGの歌を今に伝えていく
のにちょっぴり役立っているみたい!?だ。

それに結構みんな一緒に歌ってくれたりする。
リンドバーグって記憶に残るメロディーなんだなぁ、
と思う瞬間。

茨城県 PN. JUICE   


「リンドバーグ濃度100パーセント☆」

 私は福岡出身で、今大学4年で東京で一人暮らしをしています。
私も大人ですから、行きつけの居酒屋があるわけですが、そこでのお話です。 リンドバーグが解散して3年経っています。つい4ヶ月前のことです。

  私はまず、そこの居酒屋で芋焼酎をボトルでキープしました。そこで古今東西”リンドバーグ曲書き”と題打って、私が2、3曲リンドバーグの曲を書きました。そこでリンドバーグのことをお客さんに知ってくれたらと思いでっかく目立つ字で書きました。また、そこの店長さんととても親しかったので、無理を言って、一番店内で目立つところにそのボトルを置いておいてくれと頼んだところ、快くいいよとおっしゃってくれたので、私は店長にその運命を託し、置いてもらうようにしてもらいました。  そして、しばらくしてまたその居酒屋にいきました。私のボトルをどうしてありますか?と、聞いたところ、にんまりしながらその店長が僕のボトルを持ってきてくれました。
「うわぁ・・・・・。」
なんと、、、そのボトルにリンドバーグの曲がびっしりと埋まっていました。中には「キャッシュカード」とか、「上を向いていた方がいい」とか、本当にリンドバーグを知らなければ書けない曲も数多くあり、とても感動を覚えました。私は「何でこんなにびっしり埋まってるんですか?」と聞いたところ、「実はたくさんのお客さんが書いていってくれたんだ・・・じゃなくて・・・うちの店員でリンドバーグ好きな人がいたんだよ。それでその彼が書いたんだ。」と言いました。でも、みっちりリンド曲で埋まっているボトルを目立つところにおいてくれていたので多くの人が見てくれてたと思うととても嬉しくなりました。当初は皆に少しずつ書いてもらえたら嬉しいなと思っていたけど、これはこれですごく感動しました。これほどおいしいお酒は今まで飲んだことがありません。そのボトルは今でも我が家の家宝として、持って帰らせてもらい、自宅に褐色を輝かせています。

  話はこれだけでは終わりません。なんと、そのボトルにリンド曲を書き込んでくれた彼は、なんと私と同じアパートに住んでいました。私は207号室で彼は205号室。こんな偶然は本当に信じられません。一気に仲良くなりました。彼には、たまにお願いしてその居酒屋でリンドバーグを流してくれるように頼んでいます。過程は想像していませんでしたが結果 的に、ものすごくリンドバーグを布教できたかなと思っています。それ以上にリンドを好きな仲間にまた一人出会えたことを誇りに思います。今日もまた彼の家205号室で、君にふく風を聞きながら一日一日を過ごして行こうと思います。

東京都 PN. nitatomo  


「リンドバーグと僕」

 リンドバーグとの出会い。それは、かれこれ僕が中学2年生のときだ。あれから、15年の歳月を経た。  

 生まれて初めて音楽に興味をもったのが、リンドバーグの音楽。たまたま、同じクラスメートが所有していた『LINDBERG III』を借りて聴いたのがはまっていくきっかけ。このアルバムの曲を耳にしたとき、どこかで聴いたような・・・いや、どこか懐かしく、親しみのある曲がずらりと並んでいた。これらの曲を繰り返して聴いているうちに、もっと、リンドバーグのことを知りたくなっていった。それから、『 I 』『 II 』・・・『 XV 』とお小遣いを握りしめ、自転車をこぎ、レコード(CD店)に向かったことを懐かしくも思い出す。

  また、音楽番組に「リンドバーグ」と書いていれば、ビデオ録画、かつ、リアルタイムで観る。音楽雑誌の発売予告に「リンドバーグ」と書いていれば、ドキドキ・ワクワクしながら、購入したものだ。

  中学・高校・大学・大学院と青春の鼓動の中、僕と一緒に歩き続けてくれたリンドバーグのメンバー達。そして、音楽。何よりも、コンセプト「青春の応援ソング」として、一時代を築いてくれたリンドバーグ。今、社会人になった今でも、車の中やリビングで思い出の曲たちを聴くたびによみがえってくる。

  初めてライブに行った、神奈川県民ホール。そして、TVKの番組『ミュージックGAGA』の公開録画で至近距離でマキちゃんを目撃できたこと。さらに、何といっても『渋谷公会堂』(F・F tour)でのライブ。チケットは取れなかったけれど、通販で購入したライブ映像で、臨場感を満喫し、テレビのブラウン管の前でも会場のみんなと一体感になって、フィナーレを飾ることができたこと。本当にありがとう。

  僕自身の青春の1ページを語る中で、「リンドバーグ」というキーワードが存在するくらい大儀を占める「出会い」があったことに感謝します。長いフライトお疲れ様でした。一ファンとして快適な飛行時間を楽しむことができました。また、いつか再結成をすることがあったら、今度は、子供を連れて 「空の旅」をしたいと思います。

神奈川県 PN. ちゅう太  


「地味ですが・・・」

 私のLindberg布教活動は、まず、家の中から始まりました。 子供たちが小さい頃、まだわけがわからないうちはいいのですが、 物事がわかってくると、私がLindbergのCDをかけようとすると、 あんぱんまんのCDなどなど、子供のお気に入りを持ってきて、 「んー、んー」とかけることをおねだりしてきました。 でも、「次は、おかーさんの番ね〜」と言って曲をかけたりしていました。 ずっとかかっていると、子供たちも曲を覚え、なにより、私がご機嫌なのも 嬉しいようでした(^_^;) 幼稚園の頃には、ライブビデオをかけながら、親子でライブごっこを して遊ぶようになりました。 小学生になると、遊びにくる友達に、ポスターを指差してメンバー紹介したりして 子供たちで布教活動(?)していました。 その子たちも、もう、高校二年生と中学三年生。 それぞれ自分の好きなアーティストができても、やっぱりLindbergは、原点のようです。

今日、息子がアルバイトして買った、メモリーオディオにも、 Lindbergのアルバムも入れていました。

また、布教活動といえるかどうかわかりませんが、 会社の飲み会でカラオケに行くと、必ずLindbergを歌います。 そのうち定番になり、私が予約しなくても、誰かが予約してて、 歌わされるようになりました。 「楽しそうに歌う」そうで、この曲入ってるアルバム貸してとか 言われるようになりました。

あとは、FMラジオへのリクエストです。 職場では、FMがかかっているのですが、 よくLindbergをリクエストします。 毎回かかるわけではありませんが、かかったときはとても嬉しいです。 シングルの曲がかかりやすいです。 ラジオから流れたときは、ボリュームをそーっと上げます(^^)

大阪府 PN. ねーやん   


「元祖ドッキリカメラ」

 1991年、僕はカラオケボックスでアルバイトを していました。
店内で流すBGMというのは、基本的には有線 なんですが、自分が持ち込んだCDやカセット テープの音楽を流すこともできました。
そうなると、大好きなリンドバーグの音楽を かけない訳にはいきませんね。
ただし、あまりかけすぎると、バイト仲間の 反感を買う恐れがあるので、その点には気を 配りましたが、自由な時間に自由な曲をかけられる 状態を作り上げることに成功。
時には大ヒットアルバム、時には自分ベストをかけ、 布教活動に努力する日々を送りました。

活動中の事件としては、一人か二人のバイト仲間には 「もうリンドバーグはいいよ。他のにしてくれ。」と 言われたことがあります。

一方ではこんな喜ばしい(?)結果が生まれました こともご報告致します。

ある日、男友達の車でドライブに行ったときのこと。
車内のBGMがリンドバーグの曲でした。 その友達を知る限りは、あまりに意外に思えたので
「え?なんでリンドバーグかけてるの?」と聞いてみると
「彼女が最近聞き始めて、その影響で・・」という答え。
僕はうらやましくなり
「いいな〜。俺のまわりの女友達にはリンドバーグ好きなコは いないもんなー」
と言い返してました。

友達の彼女に深〜い興味を持った僕は、すぐに 「彼女の写真」を見せてもらいました。
見た瞬間、背中に鳥肌が走るくらいにビックリし、 かなり大きなショックがありましたので、あえて冷静に 「へぇ〜可愛いいじゃん」と言い、その場を済ませることに しました。

写真に写っていた彼女というのは、明らかに僕の バイト先で一緒に働いている年下の女の子だったのです。

その女の子とは、仕事中も休憩中も、リンドバーグのことを 話したことがありません。
そしてその女の子が、僕がリンドバーグを好きなことを 知らない訳もありません。

僕は自分なりに一つの解釈をしました。
彼女は、僕の布教活動でリンドバーグを好きに なっていった。
しかし、僕のことにはまったく興味が沸かなかったため あえて、リンドバーグの話題を出さなかったのだろうと。
すごく複雑な気持ちになりましたけど、この布教活動 については自分で「大成功」というプラカードを上げる ことにしました。

P.S  あの時の2人、今でもリンドバーグが聴こえてますか?

埼玉 県 PN. 常 連 客    


「LINDで広げる友達の輪」

 これまで、様々な布教活動をしてきたが
最も頑張っていたのは高校一年生のときだった。
中学3年の卒業間際に「LITTLE WING」に入会し
とにかく、この思いを誰かと分かち合いたかった。

ちょうど、高校に進学するタイミングだったので
まずは、色んな人に声をかけ、LINDの意識調査をした。
その中で、興味がある人には、積極的にCDを貸した。
クラスの中で、3人の理解者に巡り合えた。

一人は、もともとファンで、自分よりLINDのことを詳しく知っていたO君
彼は、ファンクラブに入会していなかったので
LITTLE WING入会申込用紙を何度も渡して、入会させました(笑)
(交換条件として、それまでに出ていた会報をあげましたけど)
何度か一緒にライブに出かけ、彼の彼女もファンの仲間入りしました。

次に、「I MISS YOU」が大好きなIさん
彼女は、CDをよく聞いてくれて、一時期、僕のCDをほぼ全部貸していました。
彼女は感性が鋭く、特にマキちゃんの詞に対して、鋭い洞察力を持ち
よく、議論していました。
(Teenage Blueのような、続編は色んな想像していました(笑))

最後に、幼馴染だったS君
彼とは、コンサート会場で偶然に会って、驚いた。。。
ファンになった時期やLINDの知識など
自分と似たものを持っていたので、それからはよく喋ってました。

1回だけ4人でコンサートにも行ったりして
帰りに行ったカラオケが初めてのリンカラ(LINDBERGカラオケ)で
ライブ以上に盛り上がった(笑)

一クラス40人近くいる中で
一割の4人の熱いLINDファンに出会えたことは
ちょっとスゴイなって思った。

愛知県 PN. ちぇり坊  


「青春の 思い出そのもの リンドバーグ」

 リンドバーグを知ったのは、♪今すぐKissMeをTVで見て。
なんとなく元気の出る曲だなって思ってました。
本格的に聴き出したのは中学2年のとき、学祭で
憧れの先輩が♪OH! ANGELをバンド演奏して
めちゃかっこよくて、曲も最高で、リンドバーグWを聴いて
全曲最高で、感動しましたよ!
一番多感な時期にリンドバーグに出会えてよかったです。

好きな女の子に告白する時も必ず、お勧めの曲が
つまったリンドバーグテープを添えて頑張って告白しました。
当時は60分のテープが主流だったので
A面にBELIEVE IN LOVE、ROUGH DAIAMOND、
OH!ANGEL、LUCKY GIRL、SUNSET BLUE、
LOOKING FOR A RAINBOW てな具合に録音して送ってました。
僕の純粋な気持ちを知ってか知らずか恋は実りませんでしたが(笑)

高校に入って、新しい友達が出来る中で、ひたすら
ウォークマンでリンドバーグを聴かせたり、テープを渡したりCDを借したりして
みんなに、広めていました。
リンドバーグ大好き人間として すぐにクラスに認知されました。

はじめてライブに行った時は、高校1年のときで、
念ずれば花開くツアー名古屋公演!93年ですかね。
はじめてのライブ、気合を入れすぎてライブ前に食事をしたのが 裏目に出て
ベースの音が(トモちゃんゴメン) 胸やお腹にドンドンきて
気分が悪くなってしまいました。
しかし、曲が変わって♪君に吹く風の歌、のさわやかさ、♪思い出のWaterMoon の心地よいサウンドと緑色の照明で、すっかり持ち直しました!
マキちゃんが♪念ずれば花開く で花ふってたのも覚えてます!
もう12年前の話なのに覚えてて自分でもスゴイと思います。
強引に友達を強引に誘って行きました!
友達はその後 リンドバーグにはまりました!

そしてライブハウスツアーでも別の友達を誘って ライブに行きました。
早朝から、ぴあのある店舗に並んで
10時ジャストに買えたおかげでかなり番号がよいチケットでした。
初のライブハウスは、あまりにメンバーが近くて
あまりに大迫力で、そしてあまりに酸欠すし詰めで・・・(笑)
そして、なんと友達が達ちゃんのピックをGET!(隣の人がCHERRYのスティックGET)
・・・その後重苦しいムードが二人を包んだのは言うまでもありません。
でも、スライドを見せるコーナーがあって、達ちゃんのはじめて買ったギターが 写って
僕がすかさず「いくらー!?」って聞いたら
「確か通販でイチキュッパかなぁ」って答えてくれて本当に感動しましたよ!
メンバーの方覚えてますかねぇ。

きっと素晴らしいツアーにするんだ、ツアーではまたしても 別の友達を誘って行きました。
♪My half broken RADIOは とても清涼感があって、よかったです。
ライブ後のCD売り場で、CDを買うとサインが貰えるっていう話。
発売日1日前にリンドバーグ?を買ってるし、他のCDも持ってる。
しかしサインは欲しい。
でも高校生だし余分に買うお金はない。 と、友達に目線をやると
ライブよかったし好きになったから 俺が買うよって言ってくれて買ってくれました。
本当に感謝してます!!
そのサインは今でも机の 引き出しの片隅で時を刻んでますよ!

一緒にライブ行った友達は10年経ってもいい友達です。

大学に入って、一人暮らしするようになり、自分の部屋には
各ツアーのポスターを貼り続け
はじめて遊びに来る友達 には、バックミュージックにリンドバーグをかけ、アピールしました。

ライブ会場では、皆さんに好きな曲のアンケートをしてみようって思って
全曲リストを持って勇気を出して、アンケートをしてみました。
好きな曲の1,2,3番を選んでもらい、それぞれ3点2点1点を 加算するという仕組みです。
その結果は、
1.OverTheTop
2.BELIEVE IN LOVE
3.今すぐKiss Me
4.LITTLE WING
5.星に願いを
でした。
全然知らない人同士なのに、皆さんきちんと答えてくれて
みんな暖かいなぁって思いました。
これってすごいことですよねぇ。

ちなみに僕個人的なベスト5は
1.BELIEVE IN LOVE(ライブでのHEY!HEY!の賭け声は生きがいでした)
2.君に吹く風(歌詞もメロディも最高です)
3.OH!ANGEL(思い出がたくさんつまってます)
4.OverTheTop(柔道のヤワラちゃんとお会いする機会があった時にこの曲の話で盛り上がりました)
5.RingMYBell(切なくて大好きなのですが、ツアーで歌ってくれなくて残念でした)

社会人になり、解散という現実が。
会社の友達を誘って最後のツアーに行きました。
メンバー全員の最後の勇士を 目に焼き付け、曲をココロに刻みこみました。
友達も、解散なんて勿体ないなぁって話をしてました。
今でも寂しく思います。

てな具合に、僕の布教活動は、ひたすらライブに誘う!テープやMDを渡す!
の2枚看板でした!
そしてリンドバーグはただの音楽の好みや 好きなアーティストというわけではなく
まさしく青春の証、そして青春そのものでした!
今でももちろん聴いてます。
年を取ってから共感できる詩もあります。 永遠にリンドバーグを愛してますよ。

僕の誕生日は10月24日。今週月曜日でした。
CHERRYさんの誕生日と1日違いです。
メンバーからのプレゼント、もらえたらいいなって思います。
ライブに20回は行ったのに、一度もピックやスティックをGETできませんでしたから(><)
でもメンバーの皆さんがこの応募分を読んでくれるだけでも僕は満足です。
皆さんがどんな布教活動されてたか、楽しみにしてますね。

愛知県 PN. shimichan   


「CMの中の中学生・・・」

 思い返すと昨日のように記憶が浮かび上がる

LINDBERGとの出逢い!!
それは、有線から流れる「今すぐKiss Me」を 聞いた時から始まったのです。
きっと、僕にとっての初恋だったと思うのだが・・・

なぜって、渡瀬マキの力みなぎるパワフルな声は
心地良く耳に飛び込むカッコイイ歌声であり
音楽に興味を持ち始めた中学生には一目惚れならぬ
一聞き惚れするには十分すぎるほどだったからなんですよ!

そして、曲を聴き終えるとすぐに 、今は無き新宿の新星堂に駆け込み
店員に下手な鼻歌を聞かせて 誰が歌っているのか突き止めたのです。
これが、僕の信者としての始まりです!!

(後で知ったのだが、チャンマキが渡瀬麻紀として
デビューした新宿文化センターは家の隣の施設だったので
一人“なんとなく”チャンマキとの運命を感じてしまったりしてました(笑)
ちなみに、小学校は文化センターの裏手で校庭からホールが覗けたりしてました。
そして、何よりも解散した8/24は僕の誕生した日でもあったのです。
さすがに、この時は凄く寂しかったですよ。)
それからは、CD・ビデオを購入するなど ファンなら当たり前の事をはじめとして
パワステのライブでは、みんなのチケットを取るために
雨が降ろうが、雪が降ろうが寝袋を持参しての
“ぴあ”陣取り合戦!!
代々木のぴあで夜が明けるのを待っていた時に
小雨が雪へと変わった時の事は
小宇宙を見ていたかと思うくらい綺麗かつ、 寒さで凍え死にそうな思いをしたので
絶対に忘れられないです♪

それから、EXTRA FRIGHT を発売する時に
日清パワーステーションの前で撮影したCMフィルム!!!
大勢いるファンの中から、なぜかパーカー姿の中坊の僕がコメントを求められたため
LINDBERGの素晴らしさを精一杯心に込めて一言発言したのだけど
それが後日、電波に乗って全国(?)に放送されたんです!!
翌日は学校でCMに出ていた事が話題になったので、
放課後すぐにショップへ出向きCDのポスターを分けてもらい
学校でLINDBERGの事を広めた事が最大の布教活動でしたね〜。
LINDBERGファンの中で限られた数少ない一員となって
LINDBERGの素晴らしさをアピール出来た喜びは 何者にも換えられない最高の自慢です!!

でも、残念な事に・・・

いまだに、そのCMを観た事がないから
どれだけ心が篭っていたのか確認出来てないのです(TOT)
なんとかして、当時のCMを観る事って出来ないですかね〜?
方法があるならば、ぜひ教えてください!! お願いします。

他にも、書き込みたい事がたくさん書き込みたい事があるのだけれども
こんなに長くなってしまったので(文章が下手でスイマセン)今回はここで切らせていただきます。 LINDBERGよ!!永遠であれぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

東京都 PN. LITTLE WING 新宿 Bee   


「バンドを通じて」

 僕は99年の秋からLINDBERGのコピーバンドを始めました。
友達のやってたバンドのキーボードが脱退するということで
やらせてもらうことになったのですが
それまでキーボード なんてやったこともなく、全くの初心者だったけど
こんな僕でも 受け入れてくれたし
とにかくバンドでLINDBERGの曲を演奏 したくて、好きなことなら頑張れると思って始めました。
最初はとても大変だったけど、だんだん弾けるようになり
そしてライブをすることで
LINDBERGのこと自体は知っていても ライブに行ったことのない友達などに少しずつですが広めていき
CDを貸してあげたり一緒にライブへ行ったりしました。
ライブを通じて知り合いも増えたし、バンドを始めて本当に よかったと思います。
何よりそんな気持ちをもたせてくれた LINDBERGに感謝したいと思います。
最近は活動は少なくなってきましたが、バンドは今なお続けています。
この前やったライブでも、初めて連れてきた友達に、楽しかったと 言ってもらえて
技術的にはまだまだですが、少しでもLINDBERGの 魅力が伝わったかと思うととても嬉しかったです。
残念ながらLINDBERGは解散してしまいましたが
それなら僕たちが、という気持ちで
まだLINDBERGを知らない人 たちに名曲たちを伝えて行けたらと思っています。

神奈川権 PN. SHIN  

 今回も楽しいエピソードをたくさんありがとうございました。
自分の好きなものって、みんなに教えたいなぁ〜って気持ちと、ちょっと教えたくないなぁ...って気持ちがありますよね。不思議なものです。
みなさんがLINDBERGを広めてくださったおかげで、LINDに出会え好きになってくれた人も、たっくさんいると思います。ほんとうにありがとう!!
音楽をやっている人たちって、売れる事ももちろん求めているとは思うけど、それ以前に、まず一人でも多くの人に聴いてもらいたい!って気持ちが大きいと思うので、そんな布教活動にはメンバーもとても感動しているでしょう。
解散してしまったバンドや、活動を休止しているアーティストの作品の中にも、素晴らしい音楽がいっぱいです。そういうのって、やっぱり伝えていきたいですよねー!!
音楽に「古い!」ってのは無いと思います。イイものはイイんですからね。(^_^)
これからもじゃんじゃん御願いしますねっ!

 

マキ賞「P.N. めめさん」
マキが着ていた、ソロアルバム「double berry」のTシャツ。そしてキーホルダー。
達也賞「P.N. JUICEさん」
ラストライブで被っていた帽子。
智久賞「P.N. nitatomoさん」
PVやアー写で着ていたパンツを3本も!どれにもサインが入ってます!
CHERRY賞「P.N. ちゅう太さん」
ライブの衣装にしてたオリジナルTシャツとSEGAの貴重なTシャツ。
投稿してくださった皆様、本当にありがとうございました。
4名の方には、メンバーからのプレゼントをお贈り致します。

また次回の時にも、たくさんの方の参加を楽しみにしております!!

管理人 Bee

UPDATE 2005.10